1. なぜ自社カメラを作るのか
ミセバンAIの現在の導入方法は、PC・スマホ・Raspberry Piにエージェントをインストールする形です。エンジニアにとっては何も難しくありません。しかし、私たちの本当のターゲットは店舗オーナーです。
PC/スマホ/RPiにエージェントをインストール。技術者には簡単だが、店舗オーナーには「インストール」という言葉だけでハードルが上がる。
理想は明確です。箱から出して、Wi-Fiに繋ぐだけ。5分で完了。ITリテラシーはゼロでOK。
つまり、自社カメラを作る目的はハードウェアの売上ではありません。これは「究極の導入体験」のための投資です。ハードウェアは手段であり、目的は「技術的障壁をゼロにすること」。ここを履き違えると、いたずらに高スペックを追いかけてしまいます。
2. 設計要件
導入体験を最優先にしつつ、実用に耐えるスペックを定義しました。
3. BOM(部品表)検討
¥14,800という目標価格から逆算して、BOM(Bill of Materials)を設計しました。100台ロットを前提にした単価です。
| 部品 | 候補 | 単価(100台ロット) |
|---|---|---|
| SoC | Raspberry Pi Zero 2 W | ~¥2,200 |
| カメラモジュール | RPi Camera Module 3 (2K) | ~¥3,500 |
| microSD 16GB | 産業用 (SLC) | ~¥800 |
| 電源回路 | PoE HAT Mini + USB-C | ~¥1,500 |
| ケース | ABS射出成形(金型費別) | ~¥500 |
| WiFiアンテナ | 内蔵セラミック | ~¥200 |
| 基板 | カスタムPCB(2層) | ~¥300 |
| ケーブル・コネクタ | FPC + USB-C | ~¥200 |
| BOM合計 | ~¥9,200 | |
| 金型費(初回のみ) | ABS金型 | ¥200,000 - 300,000 |
4. 代替案: RPi 5 + Hailo AI HAT
「せっかくカメラを作るなら、ローカルでAI推論もできるようにしたい」。その誘惑は大きい。しかし、コストを計算すると現実が見えてきます。
| 部品 | 単価 |
|---|---|
| RPi 5 (4GB) | ¥8,000 |
| Hailo-8L AI HAT | ¥10,500 |
| Camera Module 3 | ¥3,500 |
| BOM合計 | ¥22,000+ |
販売価格は¥39,800以上が必要になります。店舗オーナーが「試しに1台」と気軽に購入できる価格帯ではありません。
ローカルAI推論は不要。クラウドに任せてBOMを抑える。カメラはあくまで「目」に徹し、「脳」はクラウドに置く。この割り切りが¥14,800を実現する鍵です。
5. ケースデザインの方向性
「防犯カメラ」の威圧感ではなく、「スマートデバイス」の親しみやすさを目指します。参考にしているのはGoogle Nest Camのミニマルなデザインです。
仕上げ
マットホワイト or マットブラック。指紋が付きにくいシボ加工。
形状
円筒形。直径50mm、高さ60mm程度。コンパクトで目立たない。
マウント(3way)
マグネット + 3Mテープ + ネジ穴。設置場所を選ばない。
ステータスLED
1つだけ。通電=白、接続済=緑、エラー=赤。シンプルに。
6. ソフトウェアスタック
ハードウェアは「箱」に過ぎません。本当の価値はソフトウェアにあります。
Raspberry Pi OS Lite (Bookworm) └── systemd service └── miseban-agent (Rust binary, ~5MB) ├── libcamera → JPEG取得 ├── HTTPS POST → クラウドAPI └── mDNS → 初期設定用WebUI
初回セットアップ
スマホでWi-Fi設定画面にアクセスするCaptive Portal方式を採用。カメラの電源を入れると専用のWi-Fiアクセスポイントが立ち上がり、スマホで接続するだけで設定画面が開きます。アプリのインストールすら不要です。
OTA更新
バックグラウンドで自動ダウンロード。再起動時に適用。ユーザーの操作は一切不要。常に最新のエージェントが動作します。
Watchdog
ハードウェアWDT(ウォッチドッグタイマー)を有効化。万が一エージェントがフリーズしても、自動的に再起動して復旧します。24時間365日の無人運用を前提とした設計です。
7. 製造パートナーの選択肢
100台からの小ロット製造を前提に、いくつかの選択肢を検討しています。
- 深圳ODM(PCBWay, JLCPCB等) — 小ロット100台から対応可能。PCB製造・SMT実装・ケース射出成形まで一貫して発注できる。コスト最安。
- 国内受託製造(スイッチサイエンス等) — 品質管理が確実。ただしコストは深圳の1.5-2倍。
- Kickstarter / Makuake でプレオーダー — 製造費を先に確保する戦略。需要検証とマーケティングを同時に実行できる。
最初の100台はPCBWayで製造し、品質が安定したら国内パートナーにも発注先を分散させる方針。リスク分散は重要。
8. ロードマップ
ソフトウェアのみ
PC/スマホで導入。まずはソフトウェアで需要と機能を検証する。
組み立てキット販売
RPi Zero 2 W + カメラモジュールの組み立てキットを販売開始。技術に興味のある層にリーチ。
完成品リリース(v1)
カスタムケース入りの完成品「ミセバンAI カメラ v1」。箱から出して繋ぐだけ。
量産モデル(v2)
カスタム基板の量産モデル「ミセバンAI カメラ v2」。コスト最適化と信頼性向上。
9. 今日の決断
本日の意思決定
- まずはソフトウェアで需要を検証する。ハードウェア先行投資のリスクは取らない。
- ハードウェアは需要が確認できてから着手する。ただし、設計は今から始めておく。
- 需要確認 → 即プロトタイプに入れるように、BOM・製造パートナー・ケース設計の準備は並行して進める。
- 3Dプリンターでケースのプロトタイプは来週作る予定。手で触れるモックアップがあると判断が変わる。
ハードウェアスタートアップの最大の落とし穴は「作りたいものを作る」こと。私たちは「求められているものを作る」。順番を間違えない。
次回の設計日誌では、3Dプリンターで出力したケースのプロトタイプと、Captive Portal方式のセットアップフローのデモを公開する予定です。